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No.605 日の丸飛行隊からの歴史 ― ミラノ・コルティナ 冬の祭典 ②―
今週の一句
さぁ今だ 飛び出す踏み切り 板で蹴り 宙を舞いつつ 着地見据えて
冬季競技の祭典で私にとっての強烈な記憶は1972年の札幌大会です。初めて観る冬のスポーツも数多くあり、その中でスキー・ジャンプにおける日本人選手の大活躍がありました。70m級ジャンプの時間は小学校での授業中でしたが、意を決して担任の先生に「日本のジャンプがメダルに挑戦する大事な時です!授業をいったん中断して教室のテレビで皆で応援しましょう!」と提案しました。これが認められて、教室は笠谷幸生選手のジャンプを固唾を飲んで見守ることになりました。「さぁ笠谷、さぁ笠谷、さぁ笠谷!金メダルへのジャンプ!!」絶叫するアナウンサーの声も忘れません。「飛んだ!決まった!見事なジャンプ!」日本の“日の丸飛行隊”が金・銀・銅メダルを独占した瞬間です。
この札幌大会では、フィギュアスケートに出場し銅メダルを獲得した“氷の妖精”ジャネット・リン選手が大変な人気で、選手村の部屋には“Peace & Love”と落書きを残したといったエピソードも記憶にあります。また、アイスホッケーの激しいボディアタックは、すぐに放課後の掃除の時間に流行りました。何でも丸いものをパックに見立てて、あとは箒のスティックで廊下のリンクが戦場となりました。このように新たなスポーツの世界トップクラスの試合を観ると大いに刺激を受けることが祭典の良さでしょう。
その後、“日の丸飛行隊”は1998年の長野大会で男子団体金メダル獲得、そして今年は混合団体銅メダルと歴史を繋いでいます。スポーツ競技としては繰り返しルール改正が行われるなど、選手、コーチ、関係者も含めて常にアップデイトが求められて来ましたが、それを地道に乗り越えての挑戦はこれからも続くのでしょう。前回大会でのスーツ規定違反による失格という悔しさから、今大会まで諦めずに飛躍を続けてきた高梨沙羅選手が、団体戦で銅メダルを取った姿は熱いものがありました。そして、この挑戦を続ける選手たちの姿を観た子どもたちが夢を追いかけるのです。世界一を目指すことが出来る幸せを、観ている人々にも分け与えることが出来ること、これがスポーツの力なのです。
日本代表の歴代メダル獲得数

出所:各種資料を基にあおぞら投信が作成。