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No.613 徹底的な議論の中から ― 成長する道の見つけ方 ④ ―
今週の一句
いろいろな 異論が飛び交う 場を持てば 摩擦の熱が 新しさを生み
日本の教育の最大の課題は『議論をすることを学んでいないこと』なのではないでしょうか。皆が同じことを身につけて、同じように考えることを良しとする教育が長く続いています。これは、国民教育の方法が、誤った方向に進まないように定められたものかと思いますが、平均的な国民レベルを上げることには貢献したとはいえ、新しいものを生み出すための摩擦の熱のようなものが出てくることがなかなか難しい状況を作ってしまったかもしれません。すなわち、そもそも自分と他人の考え方はどこか異なることが当たり前であり、その違いを認めつつ、どのように生きていくかを学ぶことが大切なのです。だから海外では、早くからDebate(ディベート:あるテーマについて肯定側と否定側に分かれて論理的に戦う競技的討論)のトレーニングを行い、どうやって論理的な主張を行うかを学ぶのです。様々な局面で、様々な立場に立つことがあり得ます。その時に自分が主張するべきこと、相手に伝えるべき方法を知っていることは、どのような組織や社会でも重要なことなのです。
このように徹底的な対話をすることは、言葉のキャッチボールだけでなく、異なる考え方がある中で、お互いの違いを理解しながら、目指すべきものを形作ることができるのです。その前提として、そもそも個人は異なる考え方を持っているのだ!という基本的な考え方を知ることが大切なのです。なぜならば、日本の教育は皆が同じ正解を持っていることを目指す傾向にあり、自立や自己の考えを主張するということを目指してこなかった歴史があるからなのです。主張するのは、上下関係の上の人間だけが行うものだといった組織の考え方も、新たな発想を生み出しづらい土壌となり、様々な変化の中で柔軟に対応していく力を育ててこられなかった理由でしょう。
そして今、新たな時代となりました。日本の若者たちは、今までの狭い日本から飛び出し、世界の中で活躍することを見出したのです。そこでは、徹底的な自己の表現と、議論の場が大切であることを学び始めたのです。だからこそ、日本の会社などの組織でも、これまでの会議の問題点である、決まった人が発言し、強弱関係の確認だけのような時間の無駄をなくし、意味のある会議にしなければ何も生まれないでしょう。毎日毎日議論を重ねるとともに、自分一人になってその日を振り返り、いよいよ夜寝る前の時間に、次の日の朝に起きたら、まず何を考え、発言し、行動するのかを準備してから寝ることも大切なのです。日本にも議論の準備と実行をする時が来ているのだと考えます。