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No.623 日常の積分とは? ― 4年に一度のサッカーの祭典2026 ⑥ ―
今週の一句
今日こそは 思う気持ちの 底にある 日々繰り返しの 真なる力か
4年に一度の非日常だからこそ、力の限り楽しめる空間があります。それはサポーターという応援する側の生きがいであり、人生を謳歌する姿なのです。4年に一度のために仕事を変える人が存在するアルゼンチンサポーターの熱狂ぶりには、日常が積分されたパワーがあるのです。このことは、この4年に一度の祭典でプレーする選手たちにとっても同じであり、まさに日常の積み重ねの結晶がここで出せるかどうかにかかっていると言えるでしょう。すなわち、世の中で働く人々は、繰り返しの日々の姿勢にこそ、すべてが込められているのだと思うのです。
スポーツ・音楽・芸術は『人間が生きるために必要なのか?』という問いかけがなされることがあります。COVID-19によるパンデミックの時も同じ問いかけがありました。その時、『音楽を止めるな!』というラジオからの声に、“生きる力をもらえること”の有り難さを私は感じました。人は、ただ働いて、食べて、眠るということでは豊かに生きることはできないのです。人はまさに感情とともに生きているのです。だからこそ、その感情に働きかけてくれる瞬間を楽しむことがとても大切なのです。日常の中での、ほんの少しの特別な時間があれば、人は豊かな気持ちを持てるものなのだと思います。
一方、プレーヤーや演奏者にとっては、本番の舞台とは非日常ではあるものの、『非日常も日常の積み重ねでしか生まれない』ということなのです。非日常だからといって特別なことを目指すのではなく、いかに日常通りの力を存分に発揮できるかが大切なのです。演じている姿を観ると、必死ではあるものの、そこにあるのは『いかにいつも通りのことを実行できるか』に挑戦している姿でもあるのです。
観客にとっては『非日常の体験』を、そして演じる側にとっては『日常の積分の結果』がそこにあるのです。だからこそ、着実に積み上げられてきた力が発揮されると、人を感動させる瞬間が訪れるのだと思うのです。
2026年北中米大会 決勝トーナメント表

※2026年7月13日時点
出所:各種資料を基にあおぞら投信が作成。